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作詞家になるにはフルコーラスで歌を聴こう。歌の最後に潜む粋な表現

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作詞家になるには古コーラスで歌を聴こう
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みなさんはフルコーラスで歌を聴いていますか?アニメやドラマの主題歌、CMソングなど、歌の一部だけを聴く機会はたくさんありますが、フルコーラスで聴くのは自分が本当に好きな曲だけ、という人も多いかもしれません。作詞家になるには、フルコーラスで歌を聴くことも大切です。フルコーラスの歌詞に潜む粋な表現について見ていきましょう。

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作詞家になるには古コーラスで歌を聴こう
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歌詞には「想い」「気持ち」が書かれている

歌を聴いていると、楽しい気持ちになるということが多いと思います。

でも、その歌詞を見てみると、必ずしも「ポジティブな感情を歌うもの」ではありません。

そもそも、「歌う」の語源は、「うった(訴)ふ」であるという説があります。相手に伝えるべき内容(歌詞)の存在があるからこそ歌うという行為がある、といわれています。つまり、歌詞には「想い」「気持ち」が書かれているものなのです。

「想い」「気持ち」にも種類がたくさんあります。わかりやすいのが喜怒哀楽です。

たとえば、
パーティーソングやバースデーソングなどは、喜怒哀楽の「喜」「楽」に分類されますね。失恋ソングや卒業ソングなどが「哀」に分類されるでしょう。
失恋ソングの中でも、わかれた相手が許せない場合などは「怒」に分類されそうです。
このように、歌は必ずしも「ポジティブな感情を歌うもの」ではないということがわかります。

喜怒哀楽の「怒」を歌う「うっせぇわ」

2021年、Adoさん『うっせぇわ』が社会現象とも言われるほどの大ヒットとなりました。
まさに社会に対する反骨心、「怒」を歌った歌ですね。

『うっせぇわ』では、「ちっちゃな頃から優等生」である主人公が「社会人じゃ当然のルール」だと説く大人に対し「うっせぇわ」「頭の出来が違うので問題はナシ」と心の声を叫ぶという歌詞になっています。

『うっせぇわ』の歌詞については、中高生の共感する声が大きい反面、小さい子どもを持つ親からは「子どもに真似して歌ってほしくない」などという声があり、賛否両論があると聞きます。

しかし、「歌」が「うった(訴)ふ」ものである以上、歌にしてはいけない感情はありません。「怒」をテーマにした曲が珍しい事もヒットの背景にあるようにも思います。

歌詞の最後の最後に注目

一般的に、歌は1番だけ、サビだけを耳にする機会が多いです。でも、歌詞をフルコーラスで聞くと、、曲の最後に注目すると面白いものが見えてることがあります。

たとえば、N.Flyingの「Hello SOLO」。
「バイト中でも会いたいCall 思い通りじゃないとMad」という、手に負えない彼女と別れて清々した、今日から僕は一人で楽しくやっていく…という曲です。

しかし一番最後に、
「サイテーな記憶ばかりじゃない」と歌います。
嫌な過去や、相手を責めるような歌詞が続き、最後だけ少し表現が柔らかくなりますね。

『うっせぇわ』を最後まで聞くと、
「アタシも大概だけど どうだっていいぜ問題はナシ」という歌詞が出てきます。
一瞬だけ、「こんなに色々言っているけど、自分はどうだっけ?」という視点に切り替わっているのがわかります。

そのうえで、歌のテーマである「うっせぇわ」に立ち返っている。なんだか少し強がっている主人公が垣間見えますね。私はこの最後の歌詞を聞いたときに、この曲の好感度が一気に上がりました。

ネガティブな歌詞に潜む粋なフレーズ

このように、歌詞を最後まで聞くと初めて気づく部分ある、ということは少なくありません。これはネガティブな歌だけでなく、ポジティブな曲も同様です。悲しい曲の最後に少し未来への希望が書かれていたり、前向きな曲の最後に少し寂しさが見え隠れしていたり。今回は「最後の最後」に注目してみましたが、「Dメロ(Bridge、大サビ)」など、テレビなどでは流れにくく、フルで聞かないとわからないところに粋な表現が隠れていることも多くあります。

ワンコーラスやサビだけを聞いて「こんな曲か」とすべてをわかった気になるのではなく、気になった曲は一度フルコーラスを聞いてみると、新たな発見があるかもしれません。

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